2016/04/28

いじめられる側に原因はあるのか

最近いじめについてちょっと考えました。初っ端の記事にしては重い話題だけど、問題なんてだいたいそういうものだと思います。

タイトルは「いじめられる側に原因はあるのか」。

いじめ問題。「いじめる側が全面的に悪い」というのは最近の考え方らしい。
でも「いじめられる側にもいじめられるに値するだけの原因があるんじゃないか」という意見があるのも事実。
教育では「いじめは悪」と教える。まあそうだろうな。

’私は’、いじめの原因は「全面的にいじめる側にある」と思っています。なぜか。
以下に適当に根拠として思いついたことをしるします。


まず、なにはともあれ議論をするには共通の知識が要ると思うのでいじめの定義を適当にまとめます。

いじめ = AがBに対して身体的・精神的苦痛をあびせること。
Bが「自分はAにいじめられている」と感じた時点でいじめ成立。
(ただし、A=いじめっ子、B=いじめられっ子)

こんなかんじでしょうか。
以下は完全に私の意見です。

いじめの原理を考える。
Aの標的(いじめっ子)選択には①無作為②作為 の場合がある。
①はAが憂さ晴らしなどのために、くじのようにBを選ぶ。(目が合ったから、出席番号が21番だから、とか)
②はAが Bについて気に食わない部分があって、それを理由にBを選ぶ。

本題「いじめられる側に原因はあるか」について
①の場合 ⇒ ない
 Aの全く身勝手な行動で、いじめの原因もAの憂さ晴らし。
 多くの人が「ない」っていうと思う。
②の場合 ⇒ ない
 ここが意見が分かれているところだと思う。

 私が考えるのは、「Bは嫌われる原因は持っていてもいじめられる原因は持っていない」ということ。
 なんだか屁理屈みたいに聞こえるかもしれないけれど、
気に食わない人がいるからって、その人に危害を与えようと普通思うか?
少なくとも私だったらそんなことはしない。面倒だし、関わらない。
とんでもなく気に入らない人がいたとして、その人を頭の中では拷問にかけても、実行する人はいないと思う。
とんでもなく気に入らない人がいて、その人を頭の中で殺害しても、実行する人はいないと思う。

まるで’いじめっ子A=犯罪者予備軍’みたいな書き方をしたけれど、とにかくいじめの原因は、Aの頭の中の「嫌いだからいじめる(危害を加える)」という心理であって、Bが原因ではない。

以上が私のタイトルに対する意見です。

「いじめ」って言葉は全部ひらがなで、なんだか誰もが経験するような、軽い言葉な印象があるけれど漢字に直せば「虐め」、「苛め」。 子供に、ワード「いじめ」から連想させて出てくる言葉と、「虐」・「苛」から連想させて出てくる言葉の深刻さってのは、結構違いがあるんじゃないかと思います。
 少し意味を拡張すれば犯罪になりえる。いじめとはそれぐらい重いものなんだと伝えるとまあまあ有効なんじゃないかな。



でも群衆心理的に、いじめは緊迫した集団のなかに風通しをするようなもので、仕方がなくスケープゴートを作ってしまうんだと聞いたことがあります。そこらへんは、AとBに限らず、新たに観察者Cとかが登場しそう。めんどくさいな。今日はたくさんタイピングしたので、ここらへんでやめます。

意見等、コメント欄にくださるとうれしいです。
読んでくださってありがとうございました。
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2016/04/28

FIRST

はじめまして。

1994年生まれの大学院生です。ゆとり世代です。理論物理を勉強しています。
書く内容はあんまり物理関係ないと思います。

ここは、モラトリアムを謳歌している私が、思いついたことを適当にメモするブログです。
知らないことだらけなので、あきらかに間違った認識をしているものがあれば、有識者のみなさんには教えていただきたいです。
自分の頭の中を整理しつつ、いままで知らなかったことを学んでいけたらと思います。

リンク貼りやブロとも登録は気軽にしてください。ブログ友達になってくれると嬉しいです。
よろしくお願いします。

たちばな
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